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宇宙心理学の確立に向けた挑戦

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左)藤井 あかりさん  右)三垣 和歌子さん 

 

はじめに



皆さんは「宇宙心理学」という言葉をご存じでしょうか?

昨今、「心理学」という学問分野は私たちにとっても身近なものになりつつあります。

一方で「宇宙心理学」という分野は皆様にとってまだまだ未知なものではないでしょうか。

今回TELSTARは、宇宙を舞台とした心理学、「宇宙心理学」について研究活動をされている三垣和歌子さん、藤井あかりさんにお話をお伺いし、その知られざる世界に迫って参りました。


お二人のプロフィール



三垣 和歌子さん
筑波大学大学院 人間総合科学研究群 博士課程後期2年

専門は臨床心理学。閉鎖環境における人間関係について研究している。同時に公認心理師として精神科クリニックでカウンセリング業務を行っている。



藤井 あかりさん
愛媛大学大学院教育学研究科心理発達臨床専攻

専門は臨床心理学。大学では閉鎖環境における心理的適応と日常への再適応をテーマに研究している。公認心理師・臨床心理士を目指して勉強中。


インタビュー


Q. それぞれご所属が違うようですが、
お二人は、どのような経緯で出会い、今現在どのような活動をされているのかを教えてください。

三垣さん) 

2022年にオンライン開催された宇宙ユニットシンポジウム(主催:京都大学 宇宙総合学研究ユニット)にて閉鎖環境における心理的適応についてポスターセッションを行っていた藤井さんと出会いました。

藤井さん)

なかなかこの分野に興味を持っている人がいなかったのですが、話をしていくうちに私たちは同じ想いをもっていることがわかりとてもうれしかったです。それ以降同じ方向を向いて

2人で活動を始め、今ではとても親しい仲になりました。

三垣さん) 

主な活動として宇宙心理学勉強会を2か月に1回実施しています。

これは将来宇宙飛行士のサポートに関わることになった際、活用できる知識を身につけられるように、との思いで開催しているもので、現在は「Space Medicine Japan Youth Community (SMJYC)」という宇宙医学を志す学生団体の中で、特に宇宙医学に興味ある学生に向けて勉強会の周知をしています。

藤井さん)

また宇宙心理学勉強会を主な軸として、他には学会などの学術的な場で宇宙心理学の重要性を広めるべく、年に3,4回ポスターセッションや研究発表を行っています。





【宇宙心理学とは】


Q. 今回のテーマでもある「宇宙心理学」とは、どのような学問なのでしょうか?

三垣さん) 

宇宙心理学はまだ厳密に定義が定められていない学問です。

「宇宙飛行士へのカウンセリングや心理支援」(Laham, 2023)とも言われていますが、私たちは、カウンセリングや心理支援といったいわゆる臨床心理学的な側面以外も「宇宙心理学」に含まれると考えています。

藤井さん)

今回は「宇宙環境における心や行動等について、エビデンスに基づいて理解する学問」として、回答させて頂きます。


【宇宙心理学の現状】


Q. 宇宙心理学はどのような場面で生かされているのですか?

三垣さん)

宇宙ステーション内では、壁に青色の横線が目印として描かれています。

これは、無重量で上下左右がない宇宙ステーション内においても、宇宙飛行士が平行感覚を保っていられるように用いられた工夫のひとつです。

日本のきぼうモジュールを建設する際に、認知心理学の知見を応用して取り入れられました。

藤井さん)

そのほか、心理支援においても生かされています。

宇宙飛行士を対象として、約2週間に1度の精神科医との面談、医師や精神心理担当による健康状態の確認などが制度化されているのに加えて、宇宙飛行士の家族を対象として、ロケット打ち上げ前から長期間の心理支援が行われています。家族への手厚いサポートは宇宙飛行士の心の安定に繋がるため、大切な支援のひとつとなっています。

Q. 宇宙飛行士が宇宙空間上で受ける心理的ストレスにはどのようなものがあるのでしょうか?

三垣さん)

ストレスの要因には様々な種類がありますが、環境要因として挙げられるのは微小重力下での体の使い方の違いや、閉鎖性によるストレス。心理的な要因として挙げられるのは、クルー同士の人間関係や言語文化の違いによるもの、地球から離れて家族とも会えない孤独感などが考えられます。

藤井さん)

船外活動するために国際宇宙ステーションの外に出た宇宙飛行士の事例に注目すると、宇宙という底が見えない環境で感じた恐怖が、ミッション中に大きな問題にはならなかったものの、地球に帰還した後でフラッシュバックしたという報告があります。

Q. 宇宙飛行士への心理支援の環境に、国内外で違いはあるのでしょうか?

藤井さん)

日本は様々な専門性を持った方が担当している一方で、NASAやロシアは心理学の専門家が担当している点が挙げられます。現在の日本の体制でも十分に手厚い支援がなされているのですが、NASAやロシアでは心理学を大学や大学院で学んできた人が宇宙飛行士の心理支援を担当する組織体制が確立されています。今後は、日本も宇宙での超長期滞在といった次のステージを見据える上で、専門家による支援や対策も必要になってくると思います。


【宇宙心理学の研究】


Q. 
宇宙心理学の研究手法や困難な点など、教えてください。

藤井さん)

やはり対象者を集めるということが困難です。

研究手法のひとつとしてインタビュー調査があります。インタビュー調査は、心理学研究では質的研究として一般的に用いられる手法ですが、一方で科学的なジャーナルへ出すとなると、被検者の少なさを理由に正規の研究として認められにくいということがあります。

また、小人数を対象とする研究では、被験者個々人の特性が結果に大きく影響することがあります。インタビュー調査では、その人の体験や心情を詳細に聞いていくため、侵襲性が高くなる恐れがあり、研究自体が承認されない可能性もあります。

Q. 宇宙心理学の研究成果が、私たちの身近に生かされている例はありますか?

三垣さん)

今一番身近なものだと、コロナ禍による隔離生活があります。隔離生活は、孤立感を強く感じる点、テレワークで仕事場とプライベートな空間に境界がないという点で、ストレス要因に宇宙空間と似ている部分があります。そういうときに宇宙飛行士の方がされているストレス対処法などの宇宙心理学の研究成果が還元されています。

藤井さん)

災害の現場でも生かされています。

十数年前になりますが、チリの鉱山で落盤事故があり、33人が地下に取り残される事故がありました。この時、NASAの精神心理担当の人たちが派遣され、地下に閉じ込められてしまった人々とその家族の心理支援に当たったそうです。

宇宙心理学の研究は、宇宙と関係のないところで生活している私たちにとっても、いつ遭遇するかわからないパンデミックや災害時の対策として非常に意義があると言えます。


【宇宙心理学のこれから】


Q. 
宇宙心理学を学びたい人はどうようなアクションが必要ですか?

三垣さん)

残念ながら、宇宙心理学を専門に学べる大学は、まだありません。ただ、将来的に宇宙心理学を研究していくためには、大学で心理学について勉強することをお勧めします。

私は宇宙飛行士の心理支援に必要な理論やスキルを学びたいと考え、修士課程で臨床心理学を専攻しました。しかし心理学には多様な分野があり、宇宙心理学は様々な分野の専門家が関わり連携することで道が開けると考えています。そのため、ご自身の興味のある分野を勉強し、それを宇宙と掛け合わせて考えていかれると良いと思います。

藤井さん)

加えて、講演会やワークショップに参加するなど、宇宙に関する知識を自分から、積極的に身に付けていくことが、宇宙心理学の分野を切り拓くことに繋がると考えています。

私は学部時代、医学部の臨床心理学科に所属しており医学を学ぶ機会がありました。そのことが今、宇宙心理学を学ぶにあたって活かされていると実感することが多くあります。心理学と医学のつながりはとても深く、積極的に知識を吸収していくことで、支援する宇宙飛行士を深く理解することにつながると思います。


【さいごに】


Q. 
宇宙心理学へ興味を抱いたきっかけと、これからの目指すところを教えてください!


三垣さん)

小さい頃から人と話すことが大好きで、お母さんから「話すのが好きなら臨床心理士もいいんじゃない」と言われて、臨床心理士や心理学について調べ始め興味を持ちました。また同じく星を眺めることが日課で宇宙にも興味をもっていたので、宇宙と心理学を掛け合わせた仕事に就きたいと高校生の時に考え始めました。

現在は研究と臨床、どちらも経験しているところですが、今後は研究の道に進みたいと思っています。将来的には宇宙心理学研究室を立ち上げ、研究を通して宇宙飛行士や今後宇宙に行くたくさんの人が健康に暮らせるヒントを見つけていきたいです。

藤井さん)

私は小学生の頃から天体観測が好きで、将来は宇宙に関わる職業に就きたいという漠然とした夢を持っていました。高校生の時、スペースコロニーの研究を行っていたのですが、居住空間を設定するだけでなく、そこに住む人の立場に立った考え方をしなければ住みやすい環境は作れないことを学びました。そこで、宇宙飛行士や、将来民間の人が宇宙へ行く際に、その方たちの心理支援に携わりたいと思い、心理学の道に進みました。

将来的には、精神心理業務も行っている民間の宇宙開発会社に入って、実際に現場で仕事をしていきたいと思っています。

これまで積み重ねてきた研究成果を無駄にしないためにも、研究成果を活かした宇宙飛行士の心理学プログラムの開発や宇宙飛行士選抜試験、ISSなどの現場で心理状態を測る尺度を作成するなど、研究成果を現場に還元していきたいです。


三垣さん、藤井さんへのコンタクトはこちら!

連絡先

e-mail:spacepsychology.jpn@gmail.com

宇宙心理学についての(note)情報をこちらで随時投稿中!
note : https://note.com/spacepsychology









取材:清原 愛、池田 桜、千葉 俊彦   文:清原 愛、池田 桜、高瀬 知音、千葉 俊彦

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