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宇宙飛行士選抜試験に落ちた僕が、宇宙医学の“世界チャンピオン”を目指すまで

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はじめに

岐阜医療科学大学, 薬学部, 教授 田中邦彦 先生

 

「宇宙に行くと、人間の体はどうなると思う?」

 

そう聞かれたら、多くの人は「筋肉が衰えたり、骨がもろくなったりして、老化が早まる」と答えるかもしれません。教科書にもそう書かれていて、それが宇宙医学の常識だと考えられてきました。でも、もしそれがまったく逆で、宇宙に行くことが「老化」ではなく、「究極の若返り」 だとしたら?

 

そんな、ワクワクする仮説を唱えるのが、宇宙医学研究者の岐阜医療科学大学教授の田中邦彦先生です。

 

田中先生の研究は、長期滞在する宇宙飛行士の体を守るだけでなく、地上で暮らす私たちの健康の未来にもつながる可能性を秘めています。

 

この記事では、このユニークな仮説が生まれた背景と、ひとりの研究者としての生き方に迫ります。



始まりは「どんな道でもいい、世界チャンピオンに」

研究者と聞くと、子どものころから一つのことに夢中になり、その道をまっすぐ歩んできた人を思い浮かべるかもしれません。しかし、田中先生の歩んできた道は、そんなイメージとは少し違います。先生の研究者人生の根っこには、ひとつの強い思いがあります。


それは、アニメ『あしたのジョー』に影響を受けて以来、ずっと心に持ち続けてきた

 

「どんな道でもいい。世界チャンピオンになりたい」


という言葉です。この思いが、先生のキャリアを動かし続ける原動力になっていると言います。

 

©高森朝雄・ちばてつや/講談社


意外なことに、田中先生はもともと宇宙に強いあこがれを持っていたわけではありませんでした。

田中先生と宇宙の出会いは、外科医として病院で働いていたある日、偶然「宇宙飛行士募集」のポスターを目にしたことだそうです。「なんとなく、人と違うことをしてみたい」そして、「世界チャンピオンへの道につながるかもしれない」そんな直感から、先生は応募を決意したそうです。

書類審査は見事に通過。しかし、その次の英語の試験で、あっさり不合格になってしまいます。それでも、この経験が先生にとって大きな転機となりました。このとき初めて、「宇宙」という世界を強く意識するようになり、やがて宇宙医学という分野へと進んでいくこととなります。

人生の転機はアメリカの学会。「これ、世界に通じてる」という気づき

たった一つの出会いや、ほんの数日間の経験が、その後の人生を大きく変えることがあります。田中先生にとって、そんな「運命の瞬間」が訪れたのは、病院での勤務を経て大学院生活を送っているときでした。

 

大学院で研究をしていた当時、田中先生は研究を仕事にするつもりは、まったくなかったそうです。そんな中、大学院生活の「記念」のような気持ちで、アメリカで開かれた国際学会に参加することになりました。

 

そこで、自分の研究成果をポスター発表していたところ、思いもよらない出来事が起こります。その田中先生の研究する分野では世界的に有名な研究者が、わざわざ田中先生のポスターの前までやって来て、話を聞き、最後には握手までして褒めてくれたのです。

それまで研究室では厳しい指導が続く毎日だっただけに、世界的な権威からの思いがけない称賛は、田中先生の心に衝撃を与えたそうです。「これ、世界に通じてるんだ」この実感が、先生の人生を大きく動かす転機となりました。

「世界チャンピオンへの道は、これかもしれない」

 

そう確信した先生は、本格的に研究者の道を志すようになります。そして、宇宙医学の分野で世界的に知られるアラン・ハーゲンス氏のもとで学ぶため、アメリカへの留学を決意しました。

 

留学先では、宇宙飛行士が船外活動の際に着る宇宙服の研究や、ベッドに寝たままの状態で体にどんな変化が起こるのかを調べる「ベッドレスト研究」の最先端を学びます。

 

このアメリカでの経験が、先生の研究者としての土台をつくり、やがて、誰も思いつかなかった独創的な仮説を生み出す力へとつながっていきます。

常識を疑え!宇宙で起こる体への変化は「老化」ではなく「究極の若返り」?

アイザック・ニュートンが「なぜリンゴは落ちるのか?」と考えたように、偉大な発見はいつも小さな疑問や「常識」を疑うことから生まれます。

 

ここでまず、これまでの宇宙医学の常識から見ていきましょう。

 

宇宙、つまり重力がほとんどない無重力環境に行くと、私たちの体にはさまざまな変化が起こります。地上では、私たちは重力に逆らって立ったり、歩いたりしています。ところが宇宙では、その必要がありません。そのため、

 

  • 体を支える必要がなくなり、筋肉はどんどん弱くなる
  • 骨にかかる負担が減り、カルシウムが抜けて骨がもろくなる

といった変化が起こります。これらは、地上で長い間ベッドに寝たきりになった高齢者に見られる症状とよく似ています。そのため、これまで宇宙医学では、「宇宙に行くと、人の体の老化が早まる」と考えられてきました。

 

しかし、田中先生はこの常識に、真正面から疑問を投げかけました。
先生が提唱しているのは、宇宙へいくことが「究極の若返りになる」という、これまでとはまったく逆の仮説です。 いったい、どういうことなのか順番に説明します。

仮説 1:体の「スイッチ」が切れる

私たち人間を含む陸上で暮らす動物は、地球の重力に対抗するために、 丈夫な骨や強い筋肉を発達させてきました。言いかえると、「重力があること」を前提に、体のさまざまな機能のスイッチがオンになっている状態です。

ところが、無重力の宇宙ではその前提がなくなります。 すると、これまで必要だったスイッチが次々とオフになるのではないかと先生は考えました。

 

仮説 2:体は「魚のような状態」に戻っている?

その結果、進化の過程で手に入れてきた機能が不必要となり、体を支える必要がなかった遠い昔の祖先、つまり「魚のような状態」に体がリセットされているのではないか。これが、田中先生の仮説です。

 

仮説 3:進化を逆向きにたどっている?

この考えを説明するために、先生はこんな例を挙げます。私たちは、お母さんのお腹の中で成長するとき、最初は魚のような形をしています。やがてしっぽのある動物のような姿を経て、人間の赤ちゃんとして生まれてきます。これは、生き物が数億年かけた進化の歴史を、短い時間でなぞっているようです。

田中先生は、宇宙ではその逆、数億年の進化をさかのぼるような変化が起きているのではないかと考えているのです。もちろん、田中先生自身も、この仮説がまだ証明されていないことを認めています。

それでも、「常識を疑い、大胆な問いを立てること」こそが、科学を前に進める力になります。もしこの仮説が将来、証明されることがあれば、 宇宙飛行士の健康を守るだけでなく、 私たちが年を重ねても、元気に生きるためのヒントが見つかるかもしれません。

 

未来の研究者たちへ。「とりあえず思っとけ」

先生は、未来の研究者を目指す中高生に、自身の経験に基づいたアドバイスを送っています。

大学を選ぶときは、偏差値や家からの距離だけで決めないでほしい、と先生は言います。「大学ってすごいとこだな。すごいとこであってほしいのよ」という熱い思いを込めて、こう続けます。「それよりも『そこの先生が何をしているのか』を調べてみてください。

 

自分が『面白そうだな』と思える研究をしている先生がいる大学を選べば、大学生活はきっと、何倍も楽しくなります」

 

そして、夢との向き合い方についても、とても正直に話してくれました。世の中ではよく「努力は必ず報われる」「夢はいつか叶う」と言われますが、それは成功した人が、あとから振り返って言っている言葉でもあります。現実には、どれだけ努力しても報われないこともあるし、夢が叶わないことの方が多いかもしれません。

 

でも、だからといって諦める必要はありません。一番大事なのは、一番大切なのは、たとえ今すぐ形にならなくても、「宇宙って面白いな」「こんなことをやってみたいな」と思い続けることです。

その大切さを教えてくれる、こんなエピソードがあります。

ある看護学生は、大学で勉強しながらも 「宇宙医学をやりたい」と思い続けていました。ある日、偶然インターネットで田中先生の研究室を見つけました。 彼女はそこで迷わず行動を起こし、最終的には、航空宇宙産業の分野で看護師として働く道をつかみました 。もし彼女が、「宇宙医学なんて無理だ」と思ってしまっていたら、このチャンスはきっと訪れなかったでしょう。

 

「夢が叶わなくて悔しい」という悩みよりも、もっと辛いことがあると先生は言います。「一番辛いのは、自分の夢が何かわからないこと。何をどうしていいかわからないのが一番辛い」だからこそ、まずは何かを思うことから始める。それが、数々の挑戦を続けてきた田中先生からの、メッセージです。


さらに詳しく知りたい方

https://www.jaxa.jp/article/special/eva/tanaka_j.html



取材・文責:千葉俊彦

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