宇宙への道は一つじゃない。NASAの研究者になった僕が「宇宙にそれほど興味がなかった」過去を話す理由
- はじめに
- きっかけは「宇宙飛行士を目指した恩師」
- 人生を変えた巨大ロケットとの対面
- 運命の出会いが拓いたNASAへの道
- 宇宙は「特別な世界」じゃない。君のいる場所からつながる道
- まとめ:今日からできる小さな一歩
はじめに

京都大学理学研究科サイエンス連携探索センター 特定准教授 寺田昌弘先生
「正直、宇宙にそれほど興味があったわけでは興味があったわけでないんです ないんです 」
そう語るのは、京都大学で宇宙医学を研究する寺田昌弘先生です。寺田先生は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を経て、NASA(アメリカ航空宇宙局)でも研究員として活躍した経歴の持ち主です。「宇宙の仕事をしている人」と聞くと、「子どものころからの夢を追い続けた人」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。しかし、寺田先生のスタート地点は、私たちが想像するものとは少し違っていました。
この記事では、寺田先生が「宇宙にそれほど興味がなかった」過去から、いかにして宇宙研究の最前線へと進んでいったのか、その道のりを追いかけます。そこには、人生を変えた偶然の出会いと、心を動かされた巨大なロケットの物語がありました。先生の経験から、あなた自身の未来を考えるヒントが見つかるかもしれません。
きっかけは「宇宙飛行士を目指した恩師」
寺田先生が宇宙の世界に足を踏み入れたのは、大学院生の頃でした。きっかけは、指導教員だった大平充宣先生との出会いです。
大平先生は、かつて宇宙飛行士を目指し、宇宙飛行士の向井千秋さんや土井隆雄さんが選ばれた選抜試験で、最終候補7人にまで残った方でした。最終的に宇宙飛行士に選ばれることはありませんでしたが、 大学で研究を続けながら、宇宙への夢を持ち続けていたのです。
寺田先生は、当時をこう振り返ります。
「宇宙好きだからJAXAに就職した、というわけではなく、大平先生のつながりでJAXAで働くことになったんです」
宇宙への強い情熱ではなく、人との「縁」が、先生を宇宙へと導く最初の扉を開けたのでした。
人生を変えた巨大ロケットとの対面
しかし、寺田先生の心を動かす出来事が起こります。 JAXAの研究員になった寺田先生は、宇宙飛行士の髪の毛のサンプルを分析する研究などを行っていました。そんなある日、出張でアメリカ・ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターを訪れます。そこで先生の目に飛び込んできたのが、巨大なサターンVロケットでした。
サターンVロケット第1段(S-IC)の前に立つ関係者たち。人と比較すると、その巨大さがよく分かる。
引用:NASA Marshall Space Flight Center(Photo ID: 9903036)/Public Domain, via Wikimedia Commons
「とんでもなく巨大な人工物!こんな大きな鉄の塊が宇宙に飛んでいったのか!」
それまで多くのことに感動するタイプではなかったという先生ですが、その巨大な人工物を前に、思わず言葉を失ったといいます。 戦後間もない時代に、これほどのものを人間の力で作り上げ、宇宙へ飛ばしたという事実。そこにアメリカの底力と、宇宙開発にかけられた計り知れない努力を感じ、心を揺さぶられたそうです。この体験は、寺田先生に新たな目標を与えました。
「表舞台に立つ人だけでなく、その偉大な挑戦を支える研究者になりたい」
この瞬間、先生の心は決まりました。「宇宙をやるなら、アメリカに行かないといけない」。サターンVロケットとの対面は、寺田先生のキャリアの方向を決定づける、運命的な転機となったのです。
*1 NASAがアポロ計画で使用した大型ロケット。1969年、人類を初めて月面に送り届けたアポロ11号にも使われた。全長は約110mで、史上最大級のロケットとして知られる。
運命の出会いが拓いたNASAへの道
しかし、巨大なロケットは最初の驚きに過ぎませんでした。アメリカへの道そのものが、まるで運命に導かれたかのような、信じられない出会いによって切り開かれることになるのです。
話は、先生がまだ大学院生だった頃にさかのぼります。
アメリカの学会に参加した際、日本人研究者の近藤久貴先生と話す機会がありました。そのとき近藤先生は、寺田先生に次のようなアドバイスをしてくれたそうです。
「学会でNASAの研究者に会ったら、自分の履歴書と論文を持って、直接アピールするといいよ」
それから数年後、JAXAで働いていた寺田先生が、アメリカの学会でこのアドバイスをふと思い出したのは、自分のポスター発表をNASAの研究者が見に来てくれた、その時でした。
先生は準備していた履歴書と論文を手に、思い切って声をかけます。その行動が実を結び、見事NASAでのポスドク(博士研究員)*2 のポジションを掴み取ったのです。
NASAの研究室で働き始めてしばらく経ったある日、研究室の日本人OBが遊びに来るという話を聞きます。そこに現れたのはなんと、学生時代にアドバイスをくれた、あの近藤久貴先生その人でした。
「いろいろな出来事を振り返ると、全てが偶然ではなく、いろいろな人との出会いや、過去から続く人間関係が少しずつ繋がって、今の自分にたどり着いているのだと感じる」
それは単なる「運」ではなく、人と人との繋がりの積み重ねが、未来の道を形作っていくということなのかもしれません。
*2 博士号を取得した後、大学や研究機関で研究を続ける研究者のこと。多くの場合、任期付きで研究プロジェクトに参加しながら、専門性を高めていく。
宇宙は「特別な世界」じゃない。君のいる場所からつながる道
こうした自身の経験から、寺田先生は未来を担う若者たちに力強いメッセージを送ります。
寺田先生はまず、「宇宙医学は特別な学問ではない」と断言します。それは、運動生理学や遺伝子解析といった、地上で行われている普通の科学を「宇宙」という特殊な環境に応用しているに過ぎないからです。
アメリカでは、NASAで働くことが他と比べて特別視されるわけでもなく、宇宙は深海や高山と同じ、ただの「環境」の一つだと先生は言います。
この関係性を、先生はとてもユニークな言葉で表現します。宇宙は「メインディッシュ」ではなく、後からいつでも振りかけられる「スパイス」なのだと。
だから、最初から宇宙という狭き門をたたく必要はない。まずは自分の興味のある分野、「メインディッシュ」をしっかり作ることが大切なのです。その上で、寺田先生から読者の皆さんに3つのアドバイスがあります。
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「寄り道」を恐れないで
まずは地上の学問という「本道」をしっかり学び、基礎を固めることが大切です。今やっていることが直接宇宙に関係なくても全く問題ありません。一見関係ない分野で身につけた知識やスキルが、後になって思わぬ形で宇宙開発に繋がることがあります。
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「看板」ではなく「人」を見て
「JAXAだからすごい」「東大だから偉い」といった組織の”看板”だけで人を判断してはいけません。大切なのは、その人自身がどんな人物で、どんな考え方の「骨格」を持っているかです。信頼できる人との繋がりが、君の未来を助けてくれます。
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負けても終わりじゃない
全員がエリートとして勝ち続けられるわけではありません。「負けた」と感じたり、一度夢を諦めたりしたとしても、それは決して失敗ではありません。むしろ、社会にとっては「負けた側」の人たちが活躍できる道を作ることが重要で、その経験こそが、君だけのユニークな強みになります。
まとめ:今日からできる小さな一歩
寺田先生のキャリアが示すように、あなただけのユニークな道が必ずあります。今、夢中になっていることが、将来どんな形で花開くかは誰にも分かりません。大切なのは、目の前の興味や人との出会いを大切にすることです。
そこからまだ知らない世界への、意外な扉が開くかもしれません。
取材・文責:千葉俊彦






