ティコ・ブラーエの天動説
皆さんは、天動説についてどんなイメージを持ちますか?
かつて、ガリレオが地動説を提唱した結果、宗教裁判にかけられてしまったという事件は聞いたことがあると思います。それを知ると、天動説は宗教色が強く、観測や合理的な考えは重視されなかったのかな、と思ってしまうかもしれません。しかし、ガリレオが生まれる直前の時代に、緻密な観測と計算によって天動説を支持した天文学者がいたのです。
古典的自然観の崩壊
その天文学者の名前はティコ・ブラーエと言います。16世紀のデンマーク出身で、「ケプラーの法則*1」で有名なヨハネス・ケプラーの師匠です。
ティコ・ブラーエの肖像画(一部改変)
http://media.web.britannica.com/eb-media/77/83677-004-72A98E5A.jpg
ティコの生きた時代は、それまで人々の自然観を支配していたアリストテレス自然学*2に対して、多方面から疑念が向けられ始めた時期でした。特に宇宙観に対しては、1570年代に現れた新星と彗星が大きな影響を与えました。ティコを含む当時の天文学者の観測により、彗星と新星が月よりも遠い場所にあることが分かったのです。この発見は、天上世界は永遠不変であると考えたアリストテレスの宇宙観に反するものでした。そしてティコは以下の信念の下にアリストテレスの宇宙観を否定します。
真理はむしろ適切な装置による間違いのない観測でもって明らかになり、信じることのできるものは、その観測から三角形の科学(つまり数学)によって証明されるのである。*3
地動説と天動説の狭間
当時は既にコペルニクスの地動説が知られており、ティコはその理論が数学的に優れていることを認めていました。しかし、ティコが地動説を受け入れることはありませんでした。なぜなら、それによって惑星の運動を上手く表せたとしても、巨大で重い大地が動くことは経験的に考えられなかったからです。また、ティコの精巧な観測技術をもってしても年周視差が検出できなかったことも理由に挙げています。
年周視差の概念図(©国立天文台)
そこで、彼は従来の天動説とコペルニクスの理論の欠点を補うような、独自の体系(ティコの体系)を考えるに至ったのです。
ティコの体系の概念図。中心に地球があり、その周りを太陽と月が回り、さらに太陽の周りを他の各惑星が回る。http://www.galilean-library.org/manuscript.php?postid=43821
*1 ケプラーが発見した、惑星の軌道や運動に関する法則。惑星が楕円軌道を描いて公転することなどを表した、3つの法則を含む。ティコの観測データを基に発見された。
*2 アリストテレスは、古代ギリシャの哲学者、自然学者。地上のすべての物体は、火・空気・土・水の4元素からなると考えた。また、月より上の世界を月より下の世界と厳密に区別した。
*3 『世界の見方の転換3』,山本義隆,みすず書房,2014,P873
近代科学の父と呼ばれるガリレオの「自然という書物は数学の言葉で書かれている」という言葉と近い信念だと思われる。
【読書案内】
・『西洋天文学史』,Michael Hoskin著 中村士訳,丸善出版,2013
有史以前から19世紀にかけてのヨーロッパにおける天文学の歴史について書かれた本です。文庫本なので、気軽に読めると思います。
・『宇宙観500年史』 ,中村士 岡村定矩,東京大学出版会,2011
古今東西の天文学の歴史について、天文学の現象を主軸に紹介しています。少し長めですが、天文学が好きな人はきっと楽しく読めると思います。後に年周視差が観測されることになるのですが、そのストーリーも詳しく載っています。
・『世界の見方の転換』 ,山本義隆,みすず書房,2014
15〜17世紀のヨーロッパにおける天文学の歴史について詳細に書かれた本です。全3巻で、合わせて1000ページ以上もある大作です。ティコ・ブラーエの天動説に関しても100ページ以上割かれているので、詳しく知りたい人はぜひ。
・高校の倫理の教科書
宇宙好きの人は、もしかしたら倫理の授業より地学や物理の授業の方に興味があるかもしれません。しかし、もし高校で倫理の授業を受ける機会があったら、そこから(特に近代科学についての章から)天文学や宇宙について考えてみて下さい。何か面白い発見があるかもしれません。