【23号うちゅうけん!スピンオフ】ロケットの地産地昇!?(初号機飛翔編)
『TELSTAR23号』の「うちゅうけん!」コーナーにおいて、鹿児島ハイブリッドロケット研究会の中心メンバーとして活動されている、鹿児島大学工学部機械工学科片野田研究室をご紹介しました。スピンオフ宇宙へ飛び立て編では、開発を始めたきっかけと、鹿児島で開発を行う利点・やりがいを中心にご紹介しました。スピンオフ初号機飛翔編では、開発の内側と、2019年9月に実施された初号機打上げ実験の2点を中心にご紹介します。
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ロケットの特徴
鹿児島ハイブリッドロケットの特徴は、酸化剤に液体酸素を使っていることです。他のハイブリッドロケットの多くは、酸化剤に亜酸化窒素を使っています。亜酸化窒素は液体窒素に比べ常温に近い温度で使えるため、取り扱いが容易です。しかし、亜酸化窒素には物を燃やすわけではない窒素が含まれているため、ベストな酸化剤ではありません。鹿児島ハイブリッドロケット研究会(以下「研究会」)では、北海道のCAMUIロケット、JAXAのハイブリッドロケット研究を参考に、酸素のみを含むベストな酸化剤である液体酸素を使うことにしました。酸化剤に液体酸素を使っているハイブリッドロケットは少ないため、これは大きな特徴といえます。
開発の難点
開発の難点は、燃料にあります。ハイブリッドロケットの燃料として使われる固体のプラスチックは、安全性が高い分燃えにくいのです。開発の際は、燃焼速度や燃えやすさなどを考慮しながら、燃料の成分や形状を変え、試行錯誤します。
現在は、主にアクリル、一部にパラフィンワックス(ロウ)を使っています。通常は一種類の材料を燃料として使います。しかし、頑丈な分燃えにくいアクリル、燃えやすい分もろいパラフィンワックスという2種類の材料を組み合わせて使うことにより、それぞれの欠点を補い合うことができるのです。
燃料の形状は、中心(縦方向)に貫通穴を空け、半径方向(横方向)にも加工するという複雑な形をしています。これは何回も実験を重ねた結果たどり着いた形状です。固体燃料ロケットの貫通穴形状としてよく使われる星形で実験をしたこともありますが、削り加工に難点があるため、採用していません。また、形状の工夫だけでは満足な推力を得ることができなかったために、パラフィンワックスも使っています。
燃焼後の燃料の様子。アクリルの形が残っており、複雑な形状が見て取れる。
初号機諸元
全長:2.6m
直径:140mm
打上前(酸化剤充填後)重量:21.5kg
推力:490N
燃焼時間:5sec(※1)
比推力(※2):約190sec
目標高度:400m
※1:燃焼途中で海に激突したため、実際の燃焼時間は3.5sec(sec=秒)。
※2:ロケット推進剤の性能を示す値で、値が大きいほど性能がよい。
H-IIAロケットのメインエンジンであるLE-7Aの比推力は440sec。
打上げ場所の選定と苦労話
初号機の打上げ実験は、肝付町にある辺塚海岸で行われました。研究会と肝付町は連携しているため、実験は肝付町で行うという大前提があります。この大前提のもと、付近に人があまり住んでおらず、長い海岸線がある場所を探したところ、辺塚海岸が最適という結論に至りました。肝付町市街地から20km程の場所に位置しています。
辺塚海岸の様子。写真のほぼ中央からロケットが発射された。
辺塚海岸での実験ならではの苦労もありました。まず、海岸にある広場にプレハブを建てる際の苦労です。他団体では打上げ実験の指令所としてテントを使うことが多いですが、研究会は安全管理を重要視しているため、プレハブを建てて防護することにしました。その際、広場へのアクセスの難しさが問題になりました。完成したプレハブを、ユニック車というクレーン付きの4tトラックで広場に降ろしてしまうのが一番簡単な方法です。しかし、4tトラックは海岸へと続く狭い集落道路を通ることができません。そこで、プレハブを分解した状態で2tトラックに積み込んで広場まで運び、その場で組み立てるという方法をとりました。この方法はユニック車を使う方法に比べ手間がかかり、かかる費用は倍になってしまいました。
他にも意外な苦労がありました。それは、作業着の洗濯・乾燥です。宿泊場所として海岸近くの宿を利用しましたが、そこには作業着を乾燥させるための乾燥機が無いために、コインランドリーのある市街地に行くしかありません。打上げ実験の際は1週間ほど滞在しますが、その間、洗濯・乾燥のために片道45分ほどかけて市街地へ行っては戻り、を繰り返しました。人が少ないところで実験を行うことにはメリットだけでなく、このような苦労もあるのです。
目標高度未到達の原因
初号機は打上げ直後に海に激突し、目標高度400mに達することはできませんでした。その原因は、点火用酸素の不足にありました。初号機は、タンク内で蒸発する酸化剤用の液体酸素をエンジン点火用酸素としても使う構造になっています。タンク内における蒸発は、主にタンク天井の温度が、液体酸素に比べかなり高温なために起こる現象です。打上げ実験前に直立で燃焼試験を行った際、液体酸素は天井に触れていませんでした。しかし打上げ実験の際、ロケットは上下角80度、つまり傾けた状態で発射されます。すると、液体酸素の一部が天井に触れ、天井は冷却されてしまいます。そのため、十分な量の液体酸素が蒸発せず、点火用酸素が不足しました。タンク上部には過剰な蒸発を防ぐために液体窒素を使った冷却リングが装着されていましたが、これも裏目に出てしまいました。この状態で点火しても煙が少し出る程度で、十分な種火は発生しません。この直後に燃焼室へ液体酸素が送られたために、2秒ほど液体酸素は燃焼室内をすっぽ抜け状態になりました。その後かろうじて燃焼に至って推力が出ましたが、想定推力の半分しか出ず、風にあおられて海に激突してしまったのです。
得られた成果
初号機実験では目標高度に到達することはできませんでしたが、貴重な成果を多く得ることができました。まず、目標高度未到達の原因から、「着火は丁寧に、確実に」という教訓が得られました。
また、ロケットとランチャの干渉に注意しなければならないという教訓も得られました。図面で見るかぎり干渉は無く、ロケットはスムーズにランチャから抜けていく予定でした。しかし、現場で作業して初めて、干渉の可能性があることが判明します。ランチャガイドレールの幅に対して、ガイドレールに入れ込むロケット胴体ボルトは直径が1mm小さいものを使いました。ロケットが真っ直ぐ飛んでくれれば問題ないのですが、この1mmの隙間によりロケットがぶれてしまうと、フィン(尾翼)とランチャが干渉してしまいます。対策のため、打上げを2日延期することを余儀なくされました。隙間による気体のぶれを考慮することの重要性が、打上げ実験により初めて分かったのです。
ランチャの一部。矢印の先にガイドレールがついている。
右にあるオレンジ色の機械は、ランチャを支持する台座。
さらに貴重な成果として、学生が作った軌道シミュレーションソフトの結果は正しいということが分かりました。初号機の圧力中心(※3)をソフトやバロウマン法という方法で求めたところ、圧力中心は重心に比べて低い位置にある(離れている)という結果が出ました。一方、スイングテストという実験を行ったところ、圧力中心は重心の近くにあるという結果が出ました。やはり人間は実験データを信用したくなるもので、安定性を高めるため、先生はフィンを大きくしました。しかし打上げ実験後に実験時のデータを入力してシミュレーションを行ったところ、ソフトやバロウマン法で求めた圧力中心は妥当で、信頼できるものだったという意外な結果が出ました。同時に、スイングテストのやり方が正しくなかったということも分かりました。現在、より信頼できるスイングテストの方法を模索しています。
※3:圧力中心とは、ロケットの各部分にかかる圧力をまとめて1つの力として扱える点。重心と圧力中心の距離が近すぎても遠すぎても、ロケットの安定性は損なわれる。
それから、フィン取付け部の強度が十分であることも分かりました。海に激突した際の衝撃はすさまじく、ある意味「衝撃試験」といえるものです。激突したロケットのフィンの根元を見てみると、衝撃により曲がってはいたものの、もげてはいませんでした。海に激突したことで、フィンの留め方が適切であったことが分かったのです。
2号機の改良点
2号機の改良点は主に2つ。まず、点火用の酸素を外部から供給すること。最初から蒸発酸素は当てにせず、液体窒素によるタンク天井の冷却を強化して、蒸発をほぼ完全に抑えます。代わりに、ロケット外部の地上設備からガス酸素を注入することにしました。これにより、蒸発酸素の使用による、酸化剤用液体酸素の減少を防ぐこともできます。また、推力を690Nにあげることが予定されています。2号機は、2020年度中の打上げを念頭に開発が進められています。
初号機飛翔編はいかがでしたか?皆さんに鹿児島ハイブリッドロケット研究会のことを知っていただき、なおかつ応援する気になっていただけたなら、私にとってそれ以上嬉しいことはありません。
お読みいただきありがとうございました。
文/加治佐匠真